佐々木 泉 さん絵ありがとうございます  黒戯王 発売中  

孫悟空

仏さまにはなかなかなれないらしい

    
SS 仏さま?
  うちの近くにある西至寺のご本尊は変っている。猿なのだ。猿と言っても
しっかり仏様だ。サハスーラーラーチャクラの現われの光輪を始めとして、
三十二相もあるのだけれど、やっぱり猿なのだ。
  母の実家の墓があるので、何年かに一回は行くのだが、やっぱり聞くことは
できなかった。『ご本尊がどうして猿なんですか?』なんて故人を偲んでいる
時に聞く事じゃない。
  でも、今年は聞いてみた。1月におじいちゃんの三回忌をした時に住職が
『今年は記念すべき21世紀です』なんて言うから、こっちもついつい気安
くなってしまったのだ。
  坊さんが21世紀とかいってどうするってつっこみの変わりだと思えばそんなに悪くないだろ?
「何でご本尊は猿なんですか?」
「猿ではない闘戦勝仏様。立派な仏さまです」
「でも、どう見ても猿ですよ。尻尾は無いけど」
「西遊記を存じておるな」
「ええ、しってます」
「あれは最後にどうなったか知っておるか?」
「三蔵法師は天竺に至ってお経を持って帰ってきた」
「その時お供だった方が、その苦労を認められて仏に任じられたのが闘戦勝仏
様じゃ」
「じゃあ、これって」
「その通り。俗世にいらした頃の名を孫悟空という」
  猿なわけだ。

猿の英雄たち〜余談〜
  孫悟空といえば皆さんご存知の通り仙術を操る猿です。って、えらく簡単ですね。その原型を考えた時、ハヌマーンが思い当たります。ラーマーヤナに登場するハヌマーンは風神の子であり、主人公であるラーマを助け八面六臂の活躍をする英雄神です。彼の持つ飛行能力は孫悟空の姿が形成されるのに大いに貢献したことでしょう。
  孫悟空がインドのハヌマーンの影響を受けたように、日本の物語には中国の翻案ものが多くあります。例えば『里見八犬伝』は『水滸伝』、『平家物語』は『三国志』、『大岡越前』の大岡裁きなんかそうらしいです。では『西遊記』というと、答えは『桃太郎』です。中国で身近だった猿、豚、いるかは日本では犬、猿、雉に変ってしまったものの、桃をキーワードとする神仙への陰は話に残っています。
  でも今の十代から三十代にかかる人にとっての孫悟空はドラゴンボールのゴクウなのではないでしょうか。
  孫悟空というと京劇の孫悟空を忘れる事はできません。その生き生きと躍動的な動きは必見です。教育テレビなどで年一くらいで放送されるので良かったら見てみてください。

その後の孫悟空〜余談〜
 孫悟空の能力は多種にわたります。例えば変化の術や、毛を用いた分身の術。空を自在に翔け、その能力は破壊的です。そのためか天竺にいってお経を手に入れた後も彼にはなかなか自由が与えられませんでした。闘戦勝仏として仏さまになったはずなのに、その性格が災いしてか方々で騒ぎを起こしております。
東遊記では仙人たちと共に戦い、封神演義ばりに大暴れしております。
  そして恐ろしい事に天竺で得たお経が不完全だった事が明らかになるのです。とはいうものの既に孫悟空を困らすほどの妖怪は存在していません。西遊記時代の障害ですら、神仏の元から逃げた神獣の類が多かったくらいですから。そこで登場するのが、花果山の新しき石卵より生まれた二代目となる孫履真なのです。彼は猪八戒の忘れ形見の猪一戒、沙悟浄の弟子の沙弥、そして新たな三蔵法師大顛と共に天竺を目指すのです。これは後西遊記という話に収録されておりますので、機会があったらどうぞ。
  そう考えると このSSのようにお寺にあるのはおかしいと思われる方がいらっしゃるかもしれません。それは正解で、台湾では道教の神様として祭られており、西方にいったが故の役職は残っていないようです。